ガッツオ城下町郊外の広場に設けた一角。 「人払いは済んでいるケロ。一般市民の迷惑にならない程度で思いっきり戦うのケロヨ」 赤い蛙は不適な笑みを浮かべる。 選手以外に人一人いない広場を、夕日がこれからの闘いを予告するかのように赤く染める。 <状態> 天候:晴 地面:乾
この会場で行われる試合 ASKAVS呉鳩羽 U-yaVSゼノス セインVSリンクス 期間は21日24:00まで なお、技などの相手のRPに不明点があれば先の登録票を参照とすること
「・・・一般市民のみなさんにとっては、いい迷惑ですね」 苦笑、しかし・・・ (我ながら、心にもないことを言ってますねえ・・・) そう、いま、この瞬間はそんなことはどうでもよかった。 距離にして10メートルほどか、周囲など目に入っていない、とでも言いたげに、自分を見すえる銀髪の青年。 (U-yaさん・・・) 彼以外のことを、意に介す必要は無い。 自分は、彼と戦うために、ここにいるのだから。
「まずは小手調べ、といったところですか」 つぶやき、軽く後方に飛ぶ。 同時に突き出したのは左手、魔力を集中し解き放つ寸前、シモンさんの言葉が頭をよぎる。 『一般市民の迷惑にならない程度で思いっきり戦うのケロヨ』 「すいません・・・」 (・・・それは、無理かもしれません) 胸中でつぶやく、同時に解き放たれたのは焦熱の弾丸。 数は5発・・・夕日よりもなお赤き弾丸は、火の粉を撒き散らしながらU−yaさんに襲いかかる。
「……いいねぇ」 目の前に佇むセインに微笑みかけ、太ももにベルトで留めた小剣へ、軽く指を這わせる。 赤い夕日。 この一角に張り詰めた緊張感。 それだけで背筋に快い震えが走る。 小剣を抜き放つ。 順手に持って、いわゆる脇構え、をとる。 ゆっくりと息を吸って、吐く。 二回繰り返す。 最後の吐息を無音の気合に変えて、一気に間合いを跳んだ。
「――ええと、宜しくお願い、しますー?」 情けない表情で男は言い、眼前の女性に頭を下げた。 どうしようかなと思う。 男性ならいいと言う訳でもないが、女性に手を上げるのは流石にきつい。しかも見知った相手で――知らなければいい訳でもないが。 とは言え悩んでいたのは数瞬。 「……まあ、参りますかー」 考えるだけでは始まらぬ。 「――天を四に分け世を天に別け!」 草履の足で地面を踏み拉き、男は唐突に声を張った。 「四方の参、西の虎に申し奉る!」 朗々と宣する内にも乾いた地面は踏みつける足を中心に砂を舞わせ、静電気の音を立てる中男の腕や足はかたちを獣に近く変えていく。
「……憑依護法陣、『白虎』」 やがて術を終えた時そこに居たのは、普段よりももう少し獣に近いかたちに変わった男だった。特に四肢の先は完全に被毛に覆われている。 その表情も、施術後は少しばかり色を変えていて野生に近い。 背丈ほどの棍を掴んでいた手が、中央辺りを少し捻った。次の瞬間じゃらりとそれが四節に分かれ、持ち手を中心に地面に垂れる。 風切りの音をさせながら扱い慣れた様子でそれを構え、 「お手柔らかに?」 猫の男はそう言って笑う。 増した速度で大きく踏み込んで、先ずは左から横凪ぎに棍を払った。
「遅刻だっ!」 と小屋を慌てて飛び出した。 対戦表を見てからと言うもの、妙に気分が高揚して寝付けなかった。何度も装備を点検しては、対戦表を眺める。 (主催者もよく分かってるし♪) ゼノス対U-ya 本気でやり合うのはこれが初めてだ。 どの程度の使い手なのか、実はよくわかっていない。 意味のないシミュレーションを何度も何度も繰り返しながら朝日を迎え、それからやっと眠りに落ちた。 夢の中でも、彼との戦いは続いていた…
会場近くで走るのをやめ、呼吸を整えながら歩を進める。 辿り着いた会場に、彼はすでに待ち構えていた。 貫く様な視線が投げ掛けられ、それを真正面から受け止める。 チリチリと後頭部を焼くような感覚。 …悪くない。 さあ、互いの持てる全てをもって語り合おうか。 長い長い夜の、始まり。 今落ちんとする太陽に染めあげられ、二人は静かに構えを取った。
自分は、初撃は太刀でと決めていた。 迷う事なく、ゼノスさんに向かって駆け出す。 おそらく彼も、初撃は太刀のはずだ。と思っていたのが間違いだった。 ゼノスさんは、そのままバックステップすると、左腕を前に突き出す。その先に、赤い光が収束しはじめる。 「飛び道具かっ!」 とっさに懐を探り、符札を1枚抜き取る。 九天符−緋焔− そのまま、符札を飛ばす。 読みが間違っていなければ、これで相殺できる…か? 「きてェィ!」
『……いいねぇ』リンクスさんが笑う。 正直怖い、でももう遅い。 「始めましょう」フツノを肩に担ぎ左手を前に出す。(先手必勝だな)先に仕掛けるためにフツノのコンソールを見る。が、それがまずかった。 『ヤナノ』 ……。 「ってマジで?!」 次の瞬間、リンクスさんは正確に俺に斬り掛かる。 「チッ、いきなりかよ!」 左腕を硬質化し、斬撃を防ぎフツノを握ったまま腹を殴る。 (マズイな……。こうなったフツノはただの鉄塊だ。早くどうにかしないとな……) 冷や汗をかいてきた。
視界の中大きさを増すセインが、携えた剣を肩に担ぐように構える。 柄の部分にちらり、と目を走らせる。 その瞬間、「気」が落ちた。 「ってマジで?!」 上がる声は何に対してのものか知らないが、隙を見せてくれた事実のみがあたしにとっては意味を持つ。 脇構えにした剣を、走る勢いに乗せて斬り上げる。斜めに弧を描く軌道。 その軌道上に、セインが腕を出す。 (え?) キィン!と甲高い音。 腕ごと上に弾かれた。 とっさに左腕で体幹をかばう。
重い衝撃。自分から地面を蹴って、その衝撃に逆らわず吹っ飛ばされる。 足裏でやわらかく着地して、剣を握りなおした。 セインはまだ、気持ちが戦闘に集中してはいないようだ。 ここを逃す手はない。 ほぼ四つ這いのような格好で、再びダッシュをかける。 少し手前で跳躍。体を小さく丸めて、胸の辺りに体ごとぶつかるように剣を突き出す。 すぐにそれを引いて、ぶつかった反作用で飛び退る。バック転の要領で回転しながら足を振り上げる。狙うのは顎。
「その程度の斬撃なら……?!」 斬りではなく蹴り。それも顎を狙っている。 「クッ!」 フツノのコンソールの言葉は変わらない。 (喰らうのはマズイって) 一歩後退しようとして止まる。 (まてよ? ……そうだ!!) そこから一歩前に出る。蹴りは顎ではなく胸に当たる。 一瞬だがリンクスさんが怯む。 「目覚め喰らえ、龍帝よ!!」 左腕が龍の顔になる。そして顎を開きリンクスさんを顎で挟み力一杯投げ飛ばす!
『きてェィ!』 気合、それとともに宙を飛ぶ符は、即座に炎の濁流と化す。 (・・・!) 表情には出さず、軽い驚愕。 短時間で発動させた魔法のようだが、威力は明らかに私より上。 それを証明するかのように、炎の弾丸は、濁流に飲まれて消える。 即座に攻守が交代してしまったというわけだ。 (・・・使いますか?) 左手に目を落とし、軽く逡巡。 (いや・・・) まだだ、左手を使うのは、もっと決定的なタイミングにするべき。
決断すれば、あとは行動するのみ。 距離をとっていたのが幸いしたか、問題なく回避できそうだ。 軽く左にステップ、着地と同時に地を蹴り、駆ける。 すれ違う炎の熱さを感じながら、顔には笑み。 (・・・いけませんね) 背後で爆音、U-yaさんの魔法がどこかに着弾したらしい。 爆風に後押しされるよう、さらにスピードを上げる。 (・・・久しぶりに、ちょっと) 右手はすでに刀の柄、あと一歩で、お互いの刃が届く距離。 (・・・獰猛な、気分ですよ) 間合いに入る、私は内なる高ぶりをすべて叩きつけるかのごとく、横殴りにU-yaさんを斬りつけた。
「宜しくお願い致しますわ〜」 ノンビリと相手に頭を下げる。 この場に現れた時こそ困惑した表情を見せていたが、上げた顔には迷いは無い。 見知った相手だろうとも、全力でぶつかるだけですわ… 「――天を四に分け世を天に別け!」 突然相手が声を張る。 見る見るうちに形を変えていく相手。 「何が起きるかわかりませんが…厄介そうですね…」 呟きながら手を合わせいくつか印を結ぶ。 術を終えたらしい男は、「お手柔らかに?」と言ったかと思うと、物凄いスピードで間合いを詰めてきた。 スピードでは不利…ですねぇ。 ならば逃げるよりは…
「水華円!」 ぱんっと手を合わせ声を張る。 水の防御壁が身を守るように出現した。しかし簡易発動された魔法では、全ての衝撃をふさぎきれない。 更に流星錘の紐を引っ張り、飛んでくる棍を受け止め、棍が飛んできた方向とは反対に飛ぶ。 そのまま吹っ飛ばされるも、体制を整えながら体を回転させ流星錘を1つ、そして遅れてもう一つを男に向かって繰り出した。 さして殺傷能力もありませんし…もう一ひねりしましょうか。 再度印を結び、叫ぶ。 「氷舞刃!」 魔力は流星錘の紐を伝い、錘の先で発動する。 流星錘の先は鋭利な氷の刃となり、まっすぐ敵へと向かって行った。
「水華円!」 相手が瞬時に張り巡らした水の膜にぶつかって、棍は速度を和らげる。 舌打ちしつつも力任せに振り抜いて相手を吹き飛ばすが、当然ながらダメージは些細なものであろう。すぐに体勢を立て直した彼女が見える。 棍の先端をぱしりと受け止めながら飛び退り、乾いた地面を踏んだ。ただそれも一瞬後にはまた距離を詰めんと地を蹴る。 が、その足は次の一瞬でぎくりと止められた。 相手が投げた錘が、氷の刃と化してまっすぐ襲ってくる。 「――くッ!」 初めの1つは反射的に体を思い切り反らして避けたが、次は避けきれぬ。 判断は一瞬。 その不十分な体勢のまま棍を払う。
錘に叩きつけて氷を砕き、勢いの落ちた錘自体は敢えて左腕を突き出し、絡め取る。 「ッが……!」 それでも締め上げる結構な痛みに獣じみて吼えるが、腕自体はまだ使える。 だらりと垂れた錘を地面に放り、いつもと違う笑みを男は浮かべた。 「まず、ひとつ」 言うてこちらも間を置かず三度地を蹴る。 反撃とばかりに相手の正面から眼前に迫り――思い切り良く踏み切った。 憑依で増した身体能力は相手を飛び越え、その背後に着地させる。 相手の反応が早いか己の次撃が早いか。 「後で治療するからさあ!」 理不尽な科白と共に、棍が地面擦れ擦れをコンパスのように凪ぐ。 狙うは――それでも、転倒。
「目覚め喰らえ、龍帝よ!!」 凛と響く声に、セインの左腕が変形する。 対応が間に合わない。 左腕から伸びる龍の首に咬まれ、投げ飛ばされる。 やばい。 思った次の瞬間には、思いっきり地面にたたきつけられている。 「……かはっ」 苦鳴が漏れる。 体が小さい分こういうダメージには弱い。 なんとか跳ね起きて息を整える。 何度も突っ込んでいくのも馬鹿の一つ覚えのようで面白くない。 剣を持った手を体の横に垂らして、腰に吊った扇形の散弾銃にもう片手をそえる。 いつでも抜いて撃てるように指先を緊張させる。 そのまま、セインの動きを待った。
流星錘を落とされたかと思うと、相手はあっと言う間に視界から消えた。 まずい! 本能的にそう感じ、流星錘に魔力を込め、手元に戻す。 「後で治療するからさあ!」 後方から声が聞こえた瞬間、足に地を踏みしめる間隔は無く… そのまま後ろに転倒し、尻と腰をしたたかに打ちつけた。 予想の範囲内であったとはいえ、流星錘を戻すのに気を取られていた為、受身すら取れず、体重分がもろにダメージとなる。 もう少し痩せておくべきでした… と、くだらないことを心の中で呟きながらも、次の手を瞬時に考える。
ゴッ 鈍い音と共に、空高く飛び上がった。 真下には、地面に食い込んだ流星錘の錘。 空中から数本のヒョウを投げつけ、かなり距離の離れたところへ降り立つ。 降り立った直後、何度か回転し簡単な舞を舞った。痛みの為か多少ぎこちなく。 「演舞 縛風篭!!」 相手を包み込むように、風が覆う。 普通に使えば敵の動きを制限する為の魔法だが、 「こういう使い方もあるのですよ…散っ!!」 発された声に応じ、風が散開しあちこちに刃を向ける。 ─この使い方の問題は、何処に飛んでいくかわからないところなんですよねぇ 当たることを祈りながらも、外した時の為に印を結び始めた。
炎の濁流となった符札は飛来する炎の弾丸を飲み込んだ。 一か八かで緋焔を選んだが、今度の読みは当たったようだ。 同質の魔力ならそのまま消滅…しなかった。 弾丸を喰らい尽くした炎の濁流は、そのままゼノスさんに向かっ飛翔する。 威嚇程度の威力?? しまった、符札1枚無駄にした… 軽く舌打ちすると、減速させていた突進のギアを上げる。 直後、ゼノスさんは左に飛んで炎をやり過ごし、右手を刀の柄にそえる。 クスっ 思わず笑いが込み上げる。 それだよ、それ! まずは一撃、互いの太刀からいきましょうって! 抜刀にそなえ、右肩を前に少し前傾姿勢を取る。
あと一歩… 「破ッ!!」 間合いに入るやいなや、抜刀。 交差法気味にゼノスさんに刃を浴びせかける。 ギィン 鋼と鋼がぶつかり合う鈍い音が響く。 初太刀は正確に互いの太刀を捕らえ,互いを弾き返した。 突進の勢いそのままに、また少し間合いを取った所で体勢を整える。 互角ってとこか?…いや、パワーはあっちが少し上か… 太刀を握る右手が軽く痺れている。 これでは正確な斬撃は放てないだろう。 なら、しばらく手数で対抗、か… 左手で脇差しを抜きさり、半身で構えると、再び間合いを詰めるため、大地を蹴った。
間合いがある。 こちらの間合いまで後3歩程度だろう。 (……。ただでは通さないだろうが) 気になるのは腰の扇。 (なんか気になるな……) 考えているとフツノのコンソールの文字が変わった。【タタカウノ】 フツノから低い駆動音が聞こえる。起きたのだ。 (何とかなりそうだな) 口元が自然と歪む。そして左腕を振り上げる。 「……【武震流・龍顎閃】避けれるものなら避けてみよ!!」 左腕を高速で地面に向かって振り下ろす。 砂煙が巻き起こり姿を隠す。 そのまま横からフツノで斬りかかる!!
激突。 力はやや私が上・・・だが、それを補う正確な斬撃。 「・・・やりますね」 弾かれ、開いた間合い。 それを詰めるための一歩を踏み出す前に、私は刀を右手から左手に持ち替えた。 私の行動の意味がつかめないのか、脇差を抜き放ち、こちらに踏み込むU-yaさんの顔に一瞬怪訝な表情が浮かぶ。 だが、それは本当に一瞬。 次の瞬間には、激突、激突、激突。 幾度も交差する銀の閃き、そのたびに打ち鳴らされる鋼の悲鳴。 戦いの中にあって、いや・・・戦いの中にしかありえないであろう、奇妙な美しさがそこにはあった。
「・・・っ!」 U-yaさんの刃が私の体をかすめ、鮮血が散る。 私の刃も彼の体に当たってはいるが、総合的なダメ−ジは私のほうが上だろう。 明らかに、押されつつある。 (・・・全く、容赦なく正確な太刀筋ですね) 刀を持つ手が右・・・利き手なら、互角の戦いもできたろう。 しかし、右手はどうしても空けておく必要があった、これから放つ一撃のために。
(・・・さて、そろそろ賭けに出ますか) 強引な一振りでホーリィ・アンセムを打ち払う。 最初の激突のダメージが残っていたか、U-yaさんの体勢が少し崩れる。 それでもなお、脇差で切りかかってくるのは流石、と言うところか。 (だが・・・) すでに、私の右腕は大上段に振り上げられていた。 膨大な魔力を込め、閃光を放つ右腕はあらゆる物を切り裂く刃と化している。 (・・・この一撃で) 脇差ごと、両断する。 「おおおぉぉっ!!」 咆哮とともに、微塵の迷い無く、私は右腕―――銘無き刃―――を振り下ろした。
銃を半分引き抜く。 そこにフツノが激突。 重い金属音が響き渡る。 銃を支えていた腰と肋骨の下辺部に嫌な軋みと痛みが走る。 ……斬撃と打撃、どちらが来ても、それは予想の範疇内。 衝撃の方向に軽く跳ぶ。さっきからやたらと重い打撃が容赦なく来るせいで、かなり体の中が痛い、が。 膝のクッションで衝撃を殺しながら柔らかく着地。したはずが軽くよろける。 「ちっ!」 鋭く舌打ちしつつ、銃を完全に引き抜いて一気に引き金を引く。 狙うはセインの足元。
12発の弾丸が一時に解き放たれて地面に噛み付く。 射撃の反動で一瞬体が後ろへ持っていかれる。片足を大きく後ろに引いて留まり、その反動を利用して勢いをつけ、セインの目前までダッシュする。 これでどれほど気が散っているか、がポイント。 前にも後ろにも動けるよう足元に気を張って、中段から小さいモーションで斬撃。 彼とまともにやりあっても押し負けるだけ。 剣がしっかり噛みあう前にするりと斜めに力を逃がす。 逃がした流れのままに切っ先の角度を変えて、す、と通すような突きを繰り出す。
相手が転倒するのを見、男はニイと笑みを浮かべた。 獲物を追い詰める肉食獣のそれ。 ただその本性所以か、動きを封ずるべく叩き込もうとした追撃が一瞬迷いを孕み、それで相手を逃してしまう。 「ちッ!」 天高く舞った相手を振り仰いだ先に、刃の煌き。 軽く首を傾がせると、ヒョウが頬に薄く赤い筋を刻んで過ぎる。舌打ちをしつつ、舞い降りた相手に迫るべく身を低くし―― 「演舞 縛風篭!!」 凛とした声と共に、風が身を取り巻いた。 「……水の次は風か。何でもありだな?」 くくと笑うと、合せた様に風が刃と散る。逡巡はまたも一瞬。遠く女が結ぶ印と、地面に突き立ったヒョウが次の行動を決めさせた。
身を低くし、全力で相手に向けて駆け出す。擦り抜け様に掻っ攫うように引き抜いたヒョウを、呪文を止めるべく逆に相手に向けて放った。 「が……っぁ!」 間を置かずその後を追うが、身を縮め、跳ね上がった身体能力を以って避けて、なおその幾つかは身を抉る。右肩と脇腹、左の脛の肉が持っていかれた。ただ速度は緩めることなく、血の跡を残しながら疾り抜ける。 ダメージは大きい。 血の滲むほどに唇を噛み締めて耐え、相手に接近して地面を踏みつけた。 呪文が止められていなくてもいい。 所詮、今は接近戦以外は出来ぬ身。
先ずは少々離れたところから印を組む手を狙って棍を繰り出し、次いで浅く息を詰めながら身を翻して肩へ一撃を放った。合間に錘が襲えばそれを棍の節で薙ぎ払い、それの繰り返しでじわじわと間合いを縮めていく。 まだ行ける。まだ。 錘の一撃をこめかみに受けるのと引き換えに相手の懐に入り込み、歯を食い縛りながら身を沈め、相手の戦闘力を奪わんと突き上げるように一撃を繰り出した。 「――緋雅の二・虎砲ッ!!」 それでも一本にまとめた棍でではなく、徒手でそれを行ってしまう辺りがその男の甘さなのかも知れぬ。 口角を吊り上げた猫の笑みは、まだ絶えていなかったが。
二刀を構えて再び間合いを詰める。 一方、ゼノスさんは何を思ったか、太刀を左に持ち替えた。 (同じく腕が痺れた…のか?) しかし確認する術は無い。 理由は何であれ、今は全力をもってぶつかるのみ。 一閃、二閃、三閃…数えきれない程の斬撃を打ち合う。 二刀でもって打ち込む分、端から見ればこちらが主導権を握っているように思えるかもしれない。 が、実際はどうなのか? ゼノスさんの体にはいくつかの傷がうまれているが、どれも致命的なものには程遠い。 もともと利き腕の痺れが取れるまでの時間稼ぎだ。 最初からそんなものは期待してはいない。
こちらの手数におされて、ゼノスさんが攻勢にまわる時間は圧倒的に短い。 そうであるのに。 ゼノスさんは太刀を左手に構えたままで立ち回ってる。 そこには、何か。 微量ではあるが、違和感が付きまとう。 (何か臭うんだよね…一応、備えておくか…) 1度間合いを離そうとした瞬間、強烈な一撃がホーリー・アンセムを薙ぎ祓う。 引こうとした体勢からは重心の移動が間に合わず、そのまま体が横に流される。 (マズッた!) 付け焼き刃で脇差しを横薙ぎに振り抜き、続くであろう斬撃を迎撃する…はずが。 「おおおぉぉっ!!」
くり出されたのは、目映いまでの閃光を放つ右手刀。 その軌跡の上にある脇差しはさしたる抵抗もなく切断された。 「きテ…破ァ!」 刹那、左袖ごと大気が破裂する。 袖に忍ばせておいた九天符−風雅−の発動。 「が…」 自ら発動させた衝撃破に弾かれて、瞬時に手刀の間合いの外へと吹き飛ばされる。 何枚忍ばせていたんだか…1度の発動で、風雅を全部使い切ってしまった。 加えて自身へのダメージ…いや、ゼノスさんも無傷では済むまい。 これを五分と見るか否か…
足を狙い弾丸が飛んできた。 「この程度ですか?」 真横へ飛ぶ。が、見抜かれている。(平突きか……。だが!) 左腕を前に出し貫かせる、義腕となった左腕を……。「掴み喰らえ、龍の顎よ!」 リンクスさんの持った剣をつたいリンクスさんの四肢の自由を奪う。 「さぁどうしますか?逃げてみますか!?」 左腕から激痛がはしる。もうあまりこの状態でいる事が出来ない……。早く決着をつけねば。
「・・・なっ!?」 突如全身を襲ったすさまじい衝撃。 なすすべなく空中へ吹き飛ばされながらも、状況を頭の中で整理する。 私の手刀がU-yaさんに命中する直前、彼の左袖が爆ぜた。 同時に発生したのは尋常ならざる風。 恐らくは、彼の魔法。 そこまで理解した後、どうにか着地する・・・が。 (・・・くっ) 目眩。 どうも、かなりのダメージを受けたらしい。 不幸中の幸いは・・・これが、私を狙って発動させたと言うよりは、自爆覚悟で暴発させたようであること。 つまり、私と同様のダメージをU-yaさん自身も受けているという事だ。
ぐらつく頭をどうにか正面に向ける。 すさまじい砂埃、あれだけの風が発生したのだから当然なのだが、視界が最悪なのはそれだけが理由ではないようだ。 視界の左半分が、真紅に染まっていた。 どうも、空中に舞い上げられた石か何かが額に当たった結果のようだ。 少なくとも・・・戦闘中は回復しないだろう。 だが。 (・・・私の闘志は) 折れてはいない。 右腕に集中させた魔力はまだ維持できている。 ならば、とるべき道は一つ。
U-yaさんがこれから行うであろう攻撃を耐えぬく。 そして、間合いを詰め、彼の体に必殺の一撃を叩き込む。 これしか、ない。 (我ながら、実に頭の悪い回答ですが・・・ね) 手は、他にもあった。 砂埃にまぎれて隠れるなりして時間を稼ぐ方が、長期的には勝ち目はあるだろう、だが・・・ (彼を相手に、そんなつまらない戦い方はできませんよ) 笑う。 自分は、いつからこんな馬鹿な考えができるようになったのだろうか。 しかし・・・決して、悪い気分ではなかった。
砂埃が徐々に清められ、正面にU-yaさんの姿を確認する。 やはり、彼も先程の魔法の影響を受けているのか、かなり距離があるここからでも、甚大なダメージが伺える。 しかし・・・彼の瞳からは、闘志はまるで失われていない。 恐らく、自分も同じ目をしているのだろうと思うと、さらに笑いがこみ上げてくる。 (・・・さあ、決着をつけましょうか) 刀を投げ捨てる。 両腕を自由にして、最後の攻防に備えるために。 彼に向かい、駆け出す。 それが・・・戦いの合図。
「………!!」 目に入ったのは、飛んでくるヒョウ。 そして迫り来る相手。 咄嗟に左手でダガーを抜き、流星錘で相手を狙う。 しかしダガーでヒョウを落とせる技量もなく、左腕で受け止めた。 「…っぅ」 うめきながらも、相手の棍を避け錘で応戦する。 接近戦に持ち込まれれば圧倒的に不利。これ以上間合いを詰めさせてはいけない。 ここは魔法で相手をふっとばして、距離を… そこまで考えた時、相手が間合いを詰めてきた。 錘を相手の顔面目掛けて放つが、こめかみにヒットしたにも関わらず、一瞬怯んだだけで更に踏み込んでくる。 「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
咆哮の後には一瞬の静寂。 気がついた時には、倒れていた。 体を捻って、直撃は避けられたようだが、左肩が動かない。 攻撃を受ける直前に、左手に持っていたダガーを相手に向けたがどうなったか… 感触はあったので、無傷ではないだろうが。 まだ………まだ終わっていない。私は動ける。 自分に言い聞かし、起き上がる。体中が悲鳴をあげるが、構っている余裕はない。 攻撃を受けた衝撃からか、目の前がぼやけて回りが見えないが… このままぼーっと突っ立って居ても、敵の攻撃を受けるだけ。
次をくらえば辛い。ならば賭けに出るまで。 途中で攻撃をくらったら、私はそれまでの人間だったと言うことですしね。 「天と地を結び翔ける流星 我が星に吉兆を 彼の者の星に凶兆を!!」 袖を翻し、天に向けて手を突き出す。 「奏舞 流星!!」 天が一瞬光り、女の額に文様が浮かびあがった。 更に続けて体を回転させ、激しい動きを見せる。 痛む左肩を庇いながらも流星錘と共に舞いを舞う。 そろそろ魔力も限界が来そうですし、全力で行かせていただきますわ! 「大いなる神 雷神 我が声に答え舞い降り給え! 乱舞 闇雷來!!」
「……ッ!」 繰り出した一撃は当たったと思う。ただそれと同時に、首筋をダガーが掠めた。傷は浅いが、流血で少し目が眩む。 伏した相手を横目に首筋に手を遣り、緩く振って視界をはっきりさせようとした。 それは明らかな油断。 異様な感覚に顔を上げると、舞と詠唱が始まっている。感じる魔法の大きさが迷いを生んだ。 「っがああぁぁあぁッ!!」 ほぼその魔法を直撃で受け、獣じみた咆哮が迸る。 雷の白虎を憑ろして居るとは言え所詮人の体。軽減されてなおダメージは大きく、男は初めて膝をついた。息が荒い。異様に荒い。 「冗談じゃない、死ぬぞこれは……」 楽しげに呟くのは白い虎か黒い猫か。
兎も角ゆらりと立ち上がって、男は何か考えるように押し黙った。そして、 「はは」 笑う。 「は――ッはははは!いいぞ、そうしてやれ!」 唐突に声を上げて笑うと、目の前の相手を見遣る。 「自分で勝負をつける。交代だ――『解』」 次の瞬間には何かが剥れる様にさあと獣のかたちが掻き消え、そこには元の姿の男が立っていた。少し困ったように、男は笑う。 「……お互い、これで最後……でしょうねえ。……参りますよあすかさん?」 常通り間延びした口調で言うと、四節を一本の長い棍に戻し、唐突に疾り出した。ボロボロでも、憑依が解けても速度がそう落ちていないのは、それは多分、最後の一撃だから、か。
「……ッ!!」 息を詰めながら繰り出す攻撃は、徒手と棍を交えながらも精彩に欠けているが、相手の攻撃を掻い潜り、受ければ歯を食い縛って揺らぎながらも食い下がる。 もう離れるわけには行かない。 狙うは――更なる接近。 ぐんと踏み込んで、男は初めて自分で、にやりと不敵に笑った。 「これで最後です……気が引けますがねッ!」 攻撃を受けてなお笑む男はかすかにふらつく手を伸ばし、女の手を取った。 そのまま強く引き寄せ、背後を取らんとする。 振り解かれるか。あるいは己の攻撃が先か。 「錆秘伝――……ッ!!」 結果がどちらにせよこれで――終わるだろう。
いい手ごたえがあった。 あっさりとセインの左腕を貫いた。何が狙いか、と考える間もなく。 再び変形したその腕が、剣を伝ってあっという間に四肢を絡め取る。 「……のやろぅ!」 罵声に乗せて気を吐く。 左腕に突き刺さったままの剣から、まだ手は離していない。 ぐ、と指先に力を込めて、それをねじる。 この左腕、義手だかなんだか知らないが、これだけ自在に操れるということは、神経はちゃんと通っているのだろう。 ということは、痛みもあるはず。 動きを封じられた腕にぎりぎりと力を込めて、ねじる。
まったく、体中が痛んでしょうがない。 それでも力は緩めず。 かなりの至近距離で絡め取られていることをむしろ好都合と考える。 一瞬、ふっと力を抜いて後ろへ重心を移し、次の瞬間前のめりに体を倒す。 大分無理な姿勢になる。肩が軋む。 それでもまだ、接近。0距離まで無理やり近づいて。 肩が外れる音がした。知ったことか。 目の前にセインの顔。 ニィ、と凄絶な微笑を投げかけた。 「逃げるかよ」 言うなり首筋へ。 喰いちぎる勢いで噛み付いた。
吹き飛ばされた体をひねり、着地。 顔を上げると、舞い上がる砂塵の壁があった。 これでまた仕切りなおし、か。 咄嗟の事とはいえ、我ながら無茶な事をしたものだ。 風雅の発動、そして連鎖による暴走… 落とした視線の先には…深紅に染まった左腕がある。 …辛うじて動かす事は出来るが、二刀を振るう事は不可能だろう。 折れてしまった脇差を鞘に戻し、肩からぶら下がっている袖の切れ端を破いて、腕に巻き付ける。 これで止血できるとは思えないが、何もしないよりはマシだろう。 体を動かす度、あちこちで小さな痛みが走る。 もう手数で有利な戦況を導くのも、無理。 ならば、渾身の一撃を持って当たる他あるまい。
かく乱が得意とか言ってたのは、どこの誰だっけな? 自らに問いかける。 だが、不謹慎かもしれないが…彼との一撃一撃に心が踊るのはまぎれもない事実。 今は、それだけだ。 視界が開け始め、砂塵の先にゼノスさんの姿があらわれる。 遠目にも、彼が無事で無い事は見て取れる。 そして、その闘気にまったく衰えが無い事も。 いや、吹き上がらんばかりの充実した気が、そこにはある。 断 彼は太刀を捨てた。それが本来の流儀なのだろう。 自分は、太刀を最上段に。それが自分の流儀か。 空 彼は駆け出す。最後の攻防に望むために 自分もまた、その瞬間を望んで駆ける。
「牙ァァ!」 太刀を最上段から振りおろす。 その太刀筋にそって生まれる、大気の刃。空を断つ、自身最強の牙を。 彼に向かって打ち放つ。 仮止血した左腕から、再び鮮血が吹き出す。 それにもかまわず、間合いを詰める。 風の刃は、同時に風の道となった。 導かれるように、ゼノスさんの間合いへと飛び込んで行く。 動かなくなった左腕をよそに、再度太刀を上段に構える。 彼が風の刃をかわしたとしても、この太刀で更なる一撃を見舞おう。 彼の右手刀は輝いているか? 彼の左手刀は炎の弾丸を弾き出すのか? 今は忘れよう。 スベテはこの一撃に全身全霊をのせて。
(マジかよ!) 首におもいっきり噛みつかれている。その牙は鋭く、そして深く突き刺さっている。 (逃げる意思は無いか、だったら!) その瞬間左腕に再度激痛が走る。普段なら大した事はないのだが、今は状況が悪すぎる。「ガッ!?」 息を吐いた、それにより、首の激痛が増す。 (ヤべェ!) 血が溢れ、ゆっくりと意識を奪っていく。
うすれゆく意識の中、ある事に気がついた。 (そうだ、あれがあった!!) 「リンクスさん……」 フツノを背中にかけ、ゆっくりと右手を上着のポケットに入れる。 「熱いのは好きですか?」 ポケットから出したのは自身の身の丈ほどもある巨大な大剣、その刀身は炎を発している。 「さぁ、我慢比べですよ」 龍帝で体を締め付け、炎で呼吸をしずらくする。 条件はほぼ対等。 このまま決まらなければ負ける……。
『牙ァァ!』 裂帛の気合とともに振り下ろされた刃から生じたのは、大気の刃。 恐らく、彼の最大の攻撃。 しかし、迫り来る脅威の前に湧きあがる感情は、恐怖でなく、歓喜。 彼は、応えたのだ。 私が仕掛けた、最後の勝負に。 (ならば私も) 応えよう。 左掌が、まばゆい光を放つ。 集中した魔力、しかし・・・この掌は刃ではなく・・・盾。 鏡の盾―――本来は、魔法をはじき返すために使用する技、眼前に迫る大気の刃に通じるかどうかは、未知数。 (だが) やるしかない。 自身の限界を超えるぐらいのまねをしなければ、彼には、勝てない。
「・・・がっ」 大気の刃に鏡の盾を叩きつける。 同時に、すさまじい激痛。 やはり、魔法的な攻撃ではなかったのか、盾の効果が十分に発揮されない。 しかし。 「それが・・・どうしたぁぁっ!!」 掌中の見えざる刃を、強引に握りつぶす。 同時に、無数に拡散した刃が私の全身に裂傷を生む。 特に、左腕の傷は深い・・・ずたずたに肉が裂け、一部の傷は骨まで達しているだろう。 もはや、強力な回復魔法以外ではどうにもなるまい。
この暴挙とも言える私の行動は、追撃を放つべく接近していたU-yaさんに少なからぬ衝撃を与えたらしい。 一瞬―――そう、一瞬。 大上段に刀を構える彼の動きが止まる。 それは、私に与えられた最後の機会。 右腕を、大上段に振り上げる。 その輝きは・・・衰えるどころか、ここにきて最大限に高まっている。 余力など、残すまい。 「おおおおおぉぉっっ!!」 咆哮、全身全霊を込め、私は最後の一撃を振り下ろした。
我慢比べなどまったくもって趣味ではない。 いつもならするりと逃げて改めてヒット&アウェイに移るところだが。 今回は大分勝手が違うし、気分も違った。 ……やってやろうじゃないか。 夜闇に映える炎の色。ちりちりと肌が灼ける。髪が焦げる。 出来るだけ熱気を吸わないようにゆるくゆるく呼吸をしながらギリギリと噛み付く力を強め。 それでもだんだん、喉から気管・肺の灼けつく感覚が強まって。 喉の奥から獣の唸りにも似た苦鳴が軋り出る。 さっき、痛みのせいか一瞬緩んだセインの左腕の力。その隙にわずかに変えていた自分の体の位置。 どん、と膝を相手の鳩尾に押し当てる。そこを支点に力を加えながらさらに深く、噛み付く。
正直ものすごく苦しい。 だんだん呼吸が困難になる。 セインの血が喉に流れ込んで、それのせいで吐き気もしてきた。 「……っ!!」 ついに我慢しきれなくなって、噛み付いていた首筋から離れる。 仰け反ってボルカノの炎から距離をとり、荒く息をつく。 「っく……そ」 負けたくない。 その一心だけ。 ほとんど記憶能力やら思考能力やらが失われたような状態で、ただセインの目を睨み付けて。 一瞬膝を離して、もう一度、鳩尾へ蹴りを叩き込む。 動きも封じられて、どれほどの威力が出たものか、いまいち判断はつかない、が。
「当たっ…た………?」 荒い息を繰り返しながら、相手を見る。 左肩は全く上がらなくなっていた。そろそろ体力も魔力も限界。 もって1,2分だろう。 相手も限界に近いはず… ただ接近戦はやはり不利。ダガーも既になく、流星錘は魔力が残り少ない為あまり戦力にならない。 素手での戦闘も出来ないことはないが…とても実践で使えるものではない。 「どうしま…?!」 呟きは笑い声にかき消された。 笑い声を上げた相手を見ると、獣じみた姿からいつもの姿へと変わっている。 「……お互い、これで最後……でしょうねえ。……参りますよあすかさん?」
いつも通りの間延びした感じで言葉を発したかと思うと、一気に間合いを詰められた。 一瞬反応が遅れてしまい、棍を右腕で受け止めることになってしまう。 格闘家のように体を鍛えているわけではないので、終わったら骨が折れたりひびが入っていたりして、動かないんだろうな。 と頭の片隅で考えていた。 本来そんな余裕は無いのだが、そんなことでも考えていないと痛みが酷くて動くことすら出来ない。 なんとか流星錘も使いながら応戦しているが、何時まで持つだろうか。 そんなことを考えながら、応戦していると突き出した腕を突然引かれた。 「なっ?!」
突然のことで反応が出来ない。一瞬で背後を取られ、攻撃準備に入られる。 「くぅ…」 腕を振り払おうとするが、腕が上手く動かず叶わない。 やられるくらいなら!! カッと目を見開き、流星錘に魔力を込める。 錘が女を中心に回転し出し、紐で相手もろとも縛り上げた。 女はにっこりと、見た目いつも通りに微笑み、 「演舞 氷舞刃!!」 魔力の篭った錘を、回転させることで舞の代わりとし、最後の魔力を振り絞って発動させた魔法。 それは二人の回りに、氷の刃を無数に生み出し、その刃を二人に向けている。 狙うは………相打ち
刃を自分たちに向けて放とうとした時、懐からいやに可愛らしい声が聞こえて来た。 「あーあー何しとんねん」 飛び出して来たのは、口をパクパクさせた人形。 それもカエル。 「こんなもん出して、死ぬで?自分」 呆気にとられている女に話し掛けながら、ぴょーんと飛び女が出した氷の刃を バクン。 食べてしまった。 「な…何を!!」
焦った女は人形を無視し、残った刃を放つ。 バクンバクンと刃を食べていた人形は、何が動力なのか、刃を追って飛び更に刃の本数を減らす。 それでも何本かが残り、女と相手の男を襲う。 「がっ…!」 肩と足に刃を受け、その衝撃から流星錘の制御を手放し、束縛は解けた。 更に氷の刃も動きを止め、溶け落ちる。 そのまま女は意識を手放し、膝から崩れ落ちた。 「なんやーもうお仕舞いか。ならボクが相手したるでー。ネコのおじさん」 倒れた女の上にちょこんと乗り、相手に向かってファイティングポーズ(らしきもの)を取るカエル人形。 相手になるかどうかは定かではない。
女の手を取ったまではよかったが、そこで錘が体を縛り上げるのに、男はあとじさりかけた。到底叶わぬ話ではあったが。 「っ何バカなこと……って」 言う間にも二人の周囲に生み出されていく刃、刃、刃。 「演舞 氷舞刃!!」 「――やめなさい!」 意図を解したらしい男の声は、女の宣言に掻き消えた。 が。 「……蛙……」 女の懐から出てきたカエルに、思わずあっけに取られる。 カエルが減らしていく刃に安堵したように肩の力を一瞬緩めるが、それでも刃は減らしきれぬ。 歯を食い縛ると、男は相手を抱きこみ、出来る限りその背で刃から庇った。なお全てとは行かずに、腕の中から女が擦り抜けるのを感じる。
抱きとめようとするものの、その体すら支えきれず、手を離してしまい、自分もがくりと膝をついた。背には幾らかの氷の破片。 血が足りない。視界が歪む。 その視界の先に――ヤツがいる。 「なんやーもうお仕舞いか。ならボクが相手したるでー。ネコのおじさん」 カエル人形が騒ぐので、男はこめかみを押さえた。 「こんな時位愛する方の幻見たいナvという男心はどうしてくれるんですかッ!」 何で目の前にいるのがカエルなんだ――!! 至極理不尽なことを言い放つと、望み通りとばかりにカエルを拾い上げた。 「食らえ錆秘伝――」
「――死屍累々の術!」 高らかに宣言して、カエル人形をくすぐり倒す。 というか宣言するたびに何か口の端から血がダラダラ行っているが、この際ヤツを倒すまでは気にしない気にしない(?)。 そういえばこのひと(?)くすぐったいとか感覚あるのかなあ、とかふと思った瞬間には、男も横ざまに倒れこんでいた。 片翼君はどうしたかなあ。 そう思ったのも一瞬で、後は人型を取る余裕も無くなった灰色の毛並のネコが、カエルに踏まれるばかり。 カエルの足跡をたっぷりつけたネコは、それでもなお暫く寝倒したとか何とか。 勝者は、最後まで立っていたカエルであったそうな――(んなアホなー)
鳩尾に蹴りが入る。 今までに比べれば大した威力ではない。ないが今は結構効く。 「グ……グォォォォォォォ!!」 獣のような叫び声をあげる。 「武が猛る事、地が震えるがごとし!!これぞ我が武震流の極意なり!!」 気合いを入れ左腕を振りかざす、腕は龍が顎を開いた形をとっている。 「武震流・龍顎閃!!」 今回の技は先ほどとは違い、間違いなく相手を倒すための技。 鋭き龍の牙が相手を薙ぎ払う技。 最後の力を振り絞り撃つ。
風の道に乗って、ゼノスさんへと間合いを詰める。 右か左か、それとも上か。 彼が回避した所を狙って、最後の一撃を叩き込む。 しかし、彼は動かない。まったく回避する素振りを見せない。 (自殺行為だ…ぜ?) その直後、信じられない事が起こった。 彼の左腕が輝いたかと思うと、そのまま大気の牙を受け止めた。 「それが…どうしたぁぁっ!!」 そして、気迫の咆哮と共に…最大最強の一撃を握りつぶす。 (受け止めた? 受け止めただって!?) 予想だにしなかった彼の行動に、一瞬心が乱れる。 その隙を見逃すはずも無く、彼の右腕は不吉な輝きをまとい、そして。
「おおおおおぉぉっっ!!」 彼の最強最悪の一撃が放たれる。 そのただならぬ気迫に、我に返る。 一瞬遅れて振り下ろす、最上段からの一撃。 だが、間合いが近い。太刀を全力で降りおろすには、彼に近寄り過ぎていた。それでも。 『おおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!』 終の一轟。意地と意地のぶつかり合い。 技も力も関係なく。ただひたすらに響く、侍の雄叫び。 それは一瞬であったかもしれないし、数秒であったかもしれない。 (緑華で足場を崩せばっ) 懐に忍ばせてある、もう1枚の九天符。それで大地を割れば、彼の体勢は崩れ、この一撃を押し切れるかもしれない。 …しかし、自分が今しているのは…殺し合いだろうか?
否 ならば、この一撃にスベテをのせよう。 そう思った瞬間。 右手から太刀が弾け飛んだ。 ああ、最初の一撃の影響か。右手、痺れていた… しかも、一撃の重さなら彼の方が上だった。 全身全霊の一撃なんて時に、アレコレ思い悩んでちゃ、そもそも気合い負けだって。 すべての武器を失い、前のめりに崩れ落ちて行く最中、思った。 最後の一撃の瞬間、彼の表情が、やけに心に残った。 あんないい表情ができるなら、命がけの試し合いも、悪く、ないと。
セインの左腕の形態がまた変化して、体が解放される。 外れた腕を無理やりはめこむ。痛い。 自分の血流がうるさい。その上に。 セインの雄叫びが響く。 よろめきつつ何とか姿勢を正す。 お互いに割りとボロボロだが、なおさら闘志湧き立つのも事実で。 セインの気合に同調するかのように、自分の「気」も膨れ上がる。 「武震流・龍顎閃!!」 おそらく最後の一撃。本気が見える。 しかしこっちだって負けるわけにはいかないのだ。 肩の痛みをねじ伏せて、でかい銃を両手で構える。 迫り来る龍のあぎとを睨みすえて、その軌道上に銃口を向け。 発射。
その結果がどうなったか確認する間もなく。 龍の牙に斬り裂かれ、衝撃に吹っ飛ばされ。 赤い血が弧を描いて石畳を彩る。 声を上げるのも億劫で、痛みを紛らわす手段もなく、また地面にたたきつけられて転がった。 あぁ、自分は今倒れてるんだなぁ、と妙に冷静に実感する。 そのどこか麻痺したような頭のままで、何も考えず立ち上がる。 銃は吹っ飛ばされたままどこかに落ちている。握ったままだった小剣を再び脇構えに戻して、 セインに向かい走る。
間合いから三歩外で、跳躍。 「っらあぁぁぁぁっ!!」 気合。 脇構えから八双へ振りかぶって、 全力で斜めに斬り降ろす。 手ごたえがあったかなかったかすら判断できず、着地。 その瞬間無様に転ぶ。 すぐに起き上がって、片膝立ちになり、小剣を脇構えにして。 自分でも何やってるんだかよく分からなくなってきたな、とぼんやり考えて、 そこで意識が途切れた。
リンクスさんに斬られる。 それを無意識で避けるが当然無理。だが斬られ、肉に刃が通った瞬間、龍帝を下から上に上げ刃を折る。 折れた剣を持ち、それでもこちらを見る。が、様子がおかしい。 意識を失っているようだ。 本来ならばこちらの勝ちかもしれないが……。 「……」 こちらも意識を失っている。本能のみで闘っていたのだ。 だから……、これは勝ちとは言えない。 そして体は前に倒れる。
『おおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!』 互いに、咆哮とともに最後の激突。 私の右腕と、彼の刀が激しく火花を散らす。 永遠にも思える一瞬、しかし――― 押し切ったのは、私。 ホーリィ・アンセムが主の手から離れ、宙を舞う。 しかし、振り下ろされた私の右腕は、彼を傷つけることはなかった。 とん。 軽い音とともに、彼の体に触れる私の右腕からは、魔力の輝きは消えうせていた。 今の激突で、力を使い果たしてしまったのだろう。
だが、力を使い果たしたのは私だけではなかったようだ。 U-yaさんの体が、ゆっくりと前のめりに倒れる。 つまり、これは――― (相討ち、です、か―――) そこまで考えたところで、体から力が抜ける。 地面が迫ってくるのはわかるのだが、どうにもならない。 どさり、と前のめりに倒れる。 (・・・痛い) 痛くてたまらない。 それはそうだ、あれだけの無茶な戦いをしたのだから。
(あ―――、でも・・・) 気力を振り絞って、寝返りをうつ。 仰向けになり、見上げた空はすでに暗く、無数の星が瞬いていた。 (悪くない、気分ですね―――) そこまで考えて、目を閉じる。 今は・・・全て、忘れよう。 この心地よい気分に包まれたまま、眠ることにしよう。