ガッツオ郊外にある森林地帯。 人気は無く、動物の気配すら感じられない。 「…さて、私も参ろうか…」 銀髪の天使はそう呟くと、薄暗い森の中へと姿を消した…。 静まりかえった森林は、暗く、その姿を隠していく…。 <状態> 天候:晴 地面:湿
この会場で行われる試合 “道化師”潤VS片翼 鼓前VSリュ−ト 期間は21日24:00まで なお、技などの相手のRPに不明点があれば先の登録票を参照とすること
鬱蒼とした森の中は昼なお暗く静まり返る 「…確か今日ってすげーいい天気だったような」 そうぶつぶつ呟いている道化は、森の中でも一層木々の生い茂ったあたりに立っていた 差し込む光も少なく、そのため多少じめじめした足元では、石に苔が生えていたりもする 「しっかしなぁ…いきなり片翼殿かよ。きっつー」 舌打ちしつつ、相手が現れるのを待つ その間に装備を再度見直しながらも、周囲に気を配ることは忘れない 「ま、やるだけやるしかねぇってこった」 道化の目はどこか妖しく輝いているようにすら見えた
「森林かよ…しくったのう、グレイブ振るうにゃちと木が多い…」 ぶつぶつと愚痴りつつ会場である森林地帯に足を踏み入れたのは、片羽根しかない闇天使、片翼だった。 肩に2メートル超のグレイブを担ぎ、腰には普段の主武器であるソードブレイカーを携えている。 「…まあ、密集地帯以外ならなんとかなるかのう…、つかもー今回のはマジ初めてだらけでどーなるんだか…」 『まあ無様な試合だけはせん事だ』 突然何処からともなく聞こえた声に、びくりとする片翼。 「…五月蝿い黙れ俺が呼ぶまで出てくんなっ…(汗」
適当な虚空を睨みつけて、そのまま森林の奥へと進む。 見上げれば木々の緑の間から見える空はよく晴れていて、これ以上足場が悪くなる事はなさそうだった 「さあて、まあこんなとこかねえ」 少し開けた場所に出た片翼はそこでぴたりと足を止める。周囲をざっと見て誰も居ないのを確認し、大木を背にしてぼんやりと佇む。 声は聞こえない。 姿も見えない。 だけれど何処かに居る誰か。
「…ああ、…対戦者表見て来るの、忘れた」 ひとりごちて、まあいいか、と視線を落とす。 誰が相手でもする事は変わらない。 戦うだけ。 少し笑ってグレイブを一閃させた。 驚いた鳥達がばさばさと飛び立った。 そうしてもう一度、片翼は笑った、何処か自嘲するように。
薄暗く、木々の密集した森の奥 しばらく待ったものの、相手がこちらを見つけてくれる気配はない 「ま、ふつーはこんなとこじゃ戦わねぇしな」 寄りかかっていた木から離れると、道化は神経を研ぎ澄ませて周囲を見渡す 「近くにはいない、か…」 そう呟いた瞬間、離れた場所で鳥たちが飛び立つ音…ミツケタ くすり、と笑みを浮かべて、道化はゆっくりと歩き出す はやる気持ちを抑えながら
少し開けた大木の下に、対戦相手はいた 木々の隙間から差し込む光に照らされた彼は、どことなく自嘲気味な笑みを浮かべている まだ相手には気付かれていない… けれど、急襲したところで反応できないような相手でないことも理解している ならば 「…よっ、待たせちまったみてぇだな、片翼殿」 いつもと変わらぬ明るい様子で声をかける 剣は既に抜き放ち、その右手に輝いていた 「俺が相手だ…ま、お手柔らかに、な?」 いつもと同じように振舞う声 その瞳に浮かぶ、どこか普通でない光までは隠せなかったけれど
ちびっこは、体に似合わないゴツい靴でその場をぴょいぴょいと駆けていった。 すでに道に迷ったのか、はたまた何かを考えて森を進んでいるのか、立ち止まっては自分よりうんと背の高い樹を見上げ、そしてまた駆け出した。 ちびっこの片手には自分の身丈もの大剣が握られている。 「うーん…広いトコ探さないと…」 多少なりにも場所の都合が悪いと思ったのか、ちびっこの足は止まらない。 「…って、誰と対戦なんだっ!!!??」 バキボキバキ…… 対戦相手を確認してなかったのを思い出し、首をかしげた瞬間、目の前の草木に突っ込んだ。 前方確認と徐行が必要だと思ったちびっこだった。 対戦相手は、この深い緑に隠れている。。。。
『来るぞ』 声がした。 言われなくても解ってると眉をひそめてそのまま顔を上げる。 がさり、と茂みが揺れて、見知った顔が現れる。 「…よっ、待たせちまったみてぇだな、片翼殿」 水色の肌、銀の髪、迎賓館で何度と無く会話を交わした道化師がそこに居た。 「俺が相手だ…ま、お手柔らかに、な?」 「…やれやれ、潤殿が相手かい、執行部も粋な真似をしてくれる…。まあいいや、相手に不足無し…やらせてもらおうか」 一瞬腰のソードブレイカーに手を伸ばしかけて、違う違うと手をグレイブに添え直す。
担いでいた状態から左半身に構えて腰を落とす、グレイブの刃を潤殿に向けて、まだ慣れない構えを取る。どうせ慣れてないことはバレているのだ、やれるとこまでやってみよう。 『まあせいぜい「兄様」に笑われない戦いをするんだな』 「…やかましい黙れ言うとんのがわからんのかこのお喋りっ…」 飄々とした声に小声で返す、伸ばした左手に見えるまだ見なれない刺青が見える。 その向こうで潤殿がきょとんとしているのに気付いて。 「…ああいやなんでもない…」 意識を戻す。 踏みしめた地面が湿っていて、不快だ。
「…さて…」 とは言え不快だからとてどうなるわけでもなく。 「……旅人商人、片翼…」 もうちょっと格好良い名乗り方無いかなあと苦笑しながら。 「………参る…」 踏み込んだ。 初速は風の勢いで、一先ずはオーソドックスに左から薙ぐ。 鳥の鳴く声が、何処かで聞こえた。
微妙に慣れない手つきでグレイブを構えた彼は 何やらぶつぶつ呟いている 最初は魔法の詠唱かとも思ったがどうやら違うらしく 思わずきょとんと見つめてしまっていた 『…ああいやなんでもない……さて… ……旅人商人、片翼……参る…』 ゆっくりと名乗りをあげる姿…次の瞬間地を蹴り 瞬時に間を詰める ほぼ同時に鳥の鳴き声が聞こえた まるで、試合開始を告げるかのように
左から薙ぎ払ってくる槍を剣でそらしつつ、身体を大きくひねって回避する そのまま数歩後ろへと跳ねるように下がり、間をおかず相手がさきほど行ったように地を蹴る 速さは互角に思えた 相手が本気を出しているのなら、だが 低い体勢のまま一気に詰め寄り、逆手に持った剣を低く足元に向けて振るう 腕力に自信があるわけでもない俺が片手で振るった剣、その威力も速度もいまひとつなのは目に見えている 案の定、その一撃はすんなりとかわされてしまったが… 「おらよッ!」 空振りした剣に素早く左手を添え、身体を大きく伸び上がらせるように上へと剣を振り上げた
初撃はやはり剣で逸らされた、なかなか良い音がする、質の良い金属を使っているのかななどついつい刃を観察しつつ、一瞬離れた潤殿の姿を追う。 間合いを取ってすぐに、今度は潤殿のアタック。 速さ重視とはまた相性が悪い、せめて俺より速く無い事を祈る。 「うわっとと…」 足元を襲う七星剣の煌きを、グレイブの柄で払いつつ避ける。軽い初撃、これだけでは終わらない! 思った瞬間至近距離で見える潤殿の笑み。 「おらよッ!」 低い位置から、今度は真上への一撃。 避けなければ!グレイブを引き寄せその一撃を薙ぎ払おうとする、けれど瞬間グレイブの柄が背後の木にぶつかって。
『…馬鹿が…』 「やかんしいっ!森林で槍は初心者の俺にゃ無理なんじゃあ!」 グレイブを捨てて空に逃げた。 また飄々とした声が耳元で聞こえて、言い訳のように怒鳴って腰のソードブレイカーを抜いた。 眼下には森林。 すぐ真下にはこちらを見上げて舌打ちしている潤殿。 「…まったく、あんだけうだうだ言うとったくせに、やるやんか」 ぐいっと頬を拭う。避けきれなかった刃が左の目元を掠めていた。左目は元々見えないから良いんだけれども。 少し高度を下げる。 潤殿の間合いぎりぎりまで降りて笑う。 「本戦まで…取っておこう思うたんやけどなあ」
左手の刺青が熱を持つ。 自分を中心に風が渦を巻くのが解る。 「…いくぜ、契約施行せえよ」 『…言われずとも。精霊は契約を守るものだ、主殿』 今度は潤殿にもはっきり聞こえたらしい、もう一人の声。 「…天は高く空は遠く、我が叫び我が嘆き誰が為の孤独全てあの日の空の下なれば」 うなる風。 いやそれ自体に意味は無く、意味を成すのはこれの後。 「…声は遠く二度と成さず、…二度と来ない朝にただただただ…報いを!!」
叫んだ瞬間、周囲を取り巻く風が真空の刃と化す。これが俺の得た力、精霊との契約による風の魔法。 一先ず三つの真空の刃が潤殿に向かう、それを確認して自分も一度羽ばたいて突っ込む。刃はどうせ大した威力は無いのだから。 本命はソードブレイカーの一撃。 『やれやれまったく、無鉄砲な主殿だよ…』 そうして虚空で一人笑う精霊に聞こえたのは、 金属の、ぶつかる音。
薄暗く、静かな森。 その中で一際巨大な大木を背に佇む銀髪の天使。 何か、物思いに耽るかのように目を瞑ったまま。 その表情は普段のそれとは違い、穏やかで、とても戦いを控えた者とは思えない。 やがて、彼はゆっくりと目を開いた。 その眼差しは、穏やかで、それでいて悲しみ、悔い、そして無念さに満ちている。 自嘲気味に一瞬笑みを浮かべ、小さく息を吐くと、普段の表情を取り戻す。 相手が女性であるからか、深紅に染まりし過去を思いを巡らせてしまったのだろう…。
少し離れた場所で、金属のぶつかる音が聞こえ始めた。 “片翼殿と潤殿…か…” どちらも、見知った仲。 そして、対戦相手も。 やがて、近くで木の葉の触れ合う音が聞こえる。 “…来たか…” 「さて、我々も始めましょうか…、鼓前殿」 茂みの方へと声を放つ。
鼓前殿の姿を確認しながら、右手に魔力を集中させる。 圧縮された魔力を解き放ち、異次元への扉を開く。 扉の向こうに現れたのは、呪氷と呪鎖に覆われた剣。 解印の呪を呟きながらゆっくりと引き抜き、赤髪隻眼の魔人の方へ向き直る。 普段より僅かに赤みを帯びた眼を、対戦相手に向ける。 「…始めましょうか…」 冷たさを増す口調。 場の空気が凍り付いていく…。
宙に舞い上がった片翼殿を見上げて軽く舌打ちをする やはり早いうちに飛空を封じておくべきだったか 最初はそのつもりで木々の密集しているあたりに陣取っていただけに少々悔やまれたが しかしまぁ、とりあえずファーストヒットはもらったようだ 彼の普段から閉じられている左目のあたりに、かすかに血がにじんでいる 俺の剣が届くかどうかのギリギリなあたりまで降りてくると、彼は不敵に笑ってみせた 『本戦まで…取っておこう思うたんやけどなあ …いくぜ、契約施行せえよ』 答える何者かの声と共に、詠唱を開始する なるほど、さっきの声は契約精霊のモンだったか 彼の周りに風が渦を巻く…
まさか突風で吹き飛ばすつもりでもないだろ、そうなればこの術の意図は…鎌鼬か それなら、いちかばちか 『…声は遠く二度と成さず… 二度と来ない朝にただただただ…報いを!!』 どことなく彼らしい詠唱の句だなぁと思いつつ、襲い来る真空の刃と彼自身をキッと見据え、自らも口の中で詠唱を開始する 「世に満ちし万物の根源たる力よ 【“道化師”潤】の名においてここに集いて、冷たき鏡片となれ」 彼の詠唱に比べれば短いけれど、これでも手は抜いていない 詠唱が終わるより少し早く、彼の放った鎌鼬が俺の身体に斬りかかる
本人が同時に突っ込んできたのが見えた時点で、囮であるこちらは無視することにした。それでも当然のごとく、結構痛い 次の瞬間、彼のソードブレイカーの一撃が俺に襲い掛かる 金属の、ぶつかる音。 なんとか右腕で構えた剣でそれを受け止めるが、勢いをつけた一撃は重く、愛剣七星はそのまま俺の手から弾き飛ばされ、地に転がった これが七星だからまだよかったようなものだ そんじょそこらの剣だったら、おそらくいまの一撃で折られている そして、囮の鎌鼬を無視していたからこそなんとか止めることができたものの、やはりその攻撃はスピード・威力ともに恐ろしい
目の前で血を流しつつもその一撃をなんとか受け流した俺を、少し驚いたように見る片翼殿 その目の前で 俺はさきほどのお返しとばかりに不敵に微笑んでみせる この勝負、よりふてぶてしく笑えるほうが勝つ そんな気がしたから 宙に浮かぶ片翼殿の背後からは、木々の隙間から零れ落ちる光 ここに立つ俺からは、少しずつその香を変え始めた、流れる青い血 そして、詠唱を終えて俺の周囲にきらめきはじめた冷気 「さぁ、反撃開始だ」 流れ出す血の香りは既に血のそれでなく 眩暈がしそうなほどの強い百合の香気
「さぁ、反撃開始だ」 遠くに、潤殿の声が聞こえた。 至近距離に居る筈なのにどうして、と考えるよりも前に、甘い香りが鼻をくすぐって。 不敵に笑う潤殿の顔に、罠にはなった事を知る。 距離を取らなければとバックステップで逃げるものの、足元がおぼつかない。 景色は見えているのに何故だか遠い、気がして。 『…ほむら…』 もう遠く聞きなれた声にはっと顔を上げて。 「…ぁ…」 近付く銀色の髪に体が動かなくて。 「…とうさ…ま………」 気付いたのは、潤殿の腕が俺に触れかけたその瞬間。
しまった!と即座に体だけ反応して、右腕で潤殿の腕を払う。冷ややかなそれに背筋がぞくりと震えて、俺はその冷たさが意識を引き戻したのだと知る。 トラウマに惹き込まれトラウマで意識を取り戻すだなんて嫌な話だが。 「…ち、後少しだったのに」 目の前で不敵に笑う潤殿は微塵も彼の人には似ていない。 「…こんの……妙な技使いやがって!」 自棄になって斬り付けたソードブレイカーを潤殿の長い爪が流す、続いて勢いに乗った後ろ回し蹴りを放つがそれも軽く流される。 「…技にいつものキレが無いぜ片翼殿…。…鳩羽殿の白昼夢でも見たかい?」
くすくすと笑う潤殿に、乗せられてはいけないのにと思いつつ顔が真っ赤に火照るのが解った。 「……っ!!!! …違う!!」 叫んでから、ダガーを握った右手で殴りつけるように斬り付ける。違う、鳩羽殿は確かに義父だけれどいやあの人も義父だったのだけれど。それでも決定的に違う何かが、きっとある筈で。 でなければ俺はこんなに、泣きそうになるわけが無くて。 「…この礼は高くつくけぇな…」 ダガーと爪のぶつかる嫌な音。互いにスピード重視で受け流して相手の隙をつく戦略が得意で。 だから。
「…いくぜ……、…嘆きの果て望みの向こう遠く彼方から吹く言の葉……ともかく俺ぁ聞く耳持たねえ!!」 渦巻く風、先刻と同じ魔法の予兆。さあひっかかれ、パターン化された攻撃に。 『…詠唱はもう少しまともにだな…』 「五月蝿い魔法が編めれば言葉なんざどうでもええやろっ!」 溜息を吐く気配に構わず俺はそのまま左手で逆手に構えたソードブレイカーをこれみよがしに振り下ろす。 やはり予想されていて、視界の聞かない左側に潤殿の姿が消えて。 よし!
「疾く!そのようにせよ!!」 真空の弾ける音がして、俺は潤殿に壁を叩きつけた。 風の守護壁を、こちらの隙に向かって来ている筈の潤殿に。 流石に守護壁を相手に叩きつけるだなんて荒業で自分も傷つかないわけもなかったけれど。 それでもただ、全力しか俺には無いから。 (Turn End
ちびっこは、体当たりで突っ込んだ草木を掻き分け、白い羽を見つけた。 それは、白い羽ではなく銀髪の天使。 「!?」 銀髪の天使は、ちびっこが気付く前から気配を察知していたらしく、その右手には既に剣が握られている。 ちびっこは、一瞬驚き、そして右手の剣に見入ってしまっていたが、瞬時に我に返り剣を構える。 『…始めましょうか…』
真剣な声がその場に響く。 張り詰めた空気を感じながら、ちびっこは大剣を握る手に力を込めた。 「リュートさだったのっすね…親衛隊…そして騎士団長…俺のほうが経験不足かもっすけど、負けないっすよ!」 そういうと最初の一撃を打つべく素早く踏み込んだ。 接近戦なら…!とちびっこは呟いて、銀髪の天使の胸を目掛けて飛び込んだ。
『…負けないっすよ!』 声と同時に間合いを詰めてくる鼓前殿。 “…接近戦に付き合っても良いが…” 瞬時に左手に魔力を集中させ、胸の前で解き放つ。 発動したのは風の魔法。 収束した空気が一瞬で弾ける。 こちらは巨木を背にしている。 対して、相手は体重の軽い鼓前殿、バランスを崩すには十分か…。
鼓前殿が一瞬バランスを崩す。 魔法を解き放つと同時に、銀髪の天使は巨木を足場に、跳んだ。 相手の背後に着地すると、首の高さに平突きを繰り出す。 相手が振り向く時間を考え、ギリギリで避けられる速さで。 突きは囮、狙いは平突きから転じる斬撃。 “さて、どう動く…?”
飛び込んだちびっこが感じたのは、風だった。 剣を横から繰り出したちびっこだったが、銀髪の天使が素早く左手で魔法を繰り出した。 「!?!?」 ダメージは少なかったものの、風の魔法の衝撃でバランスを崩した。 しかし体勢を崩しただけでダメージは受けずに済んだ。 ちびっこは、苔で滑る地面に足を踏ん張り、片方しかない目で銀髪の天使を探した。 薄目の視界には天使が居ない。 そう思った瞬間に背後に気配を感じた。 銀髪の天使は、すでに剣を構え攻撃を繰り出していた。
振り返った瞬間に長い剣が伸びてくる。 突きっすか!? 防御するにも近すぎる距離、そして右手に握られた大剣は間に合わない! ちびっこの脳裏に痛みの感覚だけが過ぎる… ハズだった… 「…!!??」 が、気がつくとちびっこは、先ほど体を捻った勢いで足を滑らせていた。 足場は苔が生えた湿地帯。 ちびっこのゴツ靴の裏も苔がつまり滑りやすくなっていたようだ。
「う、うわ;!?」 避けられたかもしれない剣の攻撃がちびっこの喉元を目掛けて降りてくる。 パキィィイン!! 激しい音と共に剣が寸でのトコロで弾かれた。 ちびっこもワケが分からず目を見開いているが、自分の胸元を見ると、銀色の破片を見つけた。 それは首から下げていたお守りであった…息子がくれたお守り。 それがちびっこの身を守ったのだ。 「セ、セーフなのっすよ!」 焦りをカンジながら、ちびっこは後に間合いを取るために下がった。 翼と魔法を持つものを相手に、厳しい戦いなんだと痛感した一瞬だった。
調子が出てきた。どうやら予想以上に効果あり、だったみてぇだ 百合の香の悪夢に、目の前の闇天使の心は既にここに在らず しかし参ったな、正直ここまで効いてくれるとは思わなかった… これじゃ目くらましにと思った術も、かえって意識を覚醒させてしまうだけになるやも知れない 少しだけ考えたのち、俺はいまの術を解除したあと、再度詠唱を開始する 「力よ、集いて時間(とき)すら凍てつかせよ」 簡略化した呪文 くっと笑って、目の前で夢心地に何か呟く片翼殿に手を伸ばす とりあえず、その腕もらうとしよう
『…とうさ…ま………』 鳩羽殿の夢でも見ているんだろうか。まったく…目の前にあるものは、存在するうちに手を伸ばせばいいのに 詳細な記憶すらない自分の両親をどこか心の片隅に思い描いてしまった、それが一瞬の隙 一気につかむはずの彼の腕に、指先だけがつ、と触れる 次の瞬間、彼は弾かれるように意識を取り戻し、即座に俺の手を払いのけた 「…ち、後少しだったのに」 『…こんの……妙な技使いやがって!』 憤りつつもその攻撃に先程までのキレはない。更に軽く挑発の言葉を吐いてやったら、見事に動揺してくれた。どことなく泣きそうな目が、少しだけ、心に痛い
動揺を隠せないままに何度も闇雲に斬りつけてくる。俺のペースにはまったとはいえ、さすがに実力差のせいか、簡単には反撃に転じさせてくれなさそうだ 『…この礼は高くつくけぇな…』 そう言うと彼は再び詠唱を開始する …つーか、なんつー乱雑な詠唱。思わず苦笑する。今度詠唱の簡略化のやりかたでも教えてやろうかな 詠唱と共にソードブレイカーを真っ直ぐ振り下ろしてくる。ここはちぃと不利なほうを突かせてもらおう… 俺は彼の死角になりやすい、閉じられた目のほうへと転がるようにしてその一撃を避け、即座に体勢を整えて斬りかかった。出血がそこそこあるので、軽く眩暈がしたけれど
『疾く!そのようにせよ!!』 声高らかに彼が叫んだ瞬間、先程の鎌鼬とは全く種類の異なる衝撃が俺にぶち当たった 「が…はッ」 正直、そんなに打たれ強いほうでもない。まともに衝撃をくらってしまった俺はそのまま後方に吹き飛ばされる。一瞬意識が遠のきそうになるものの、痛みがそれをさせてくれない 朦朧とした頭で状況を考えてみる。衝撃の感じと度合いから言って、おそらく防御用の風の術を直接ぶつけてきたか…しかしそれをあの至近距離で行えば、相手だってただではすまないはず どうにか立ち上がってみると、予想通り相手も反動の衝撃をまともにくらっていたらしく、立ち上がりつつも少しふらついている
参ったな…今の一撃でまた差がついた 「このままじゃ、やっぱ俺の気が済まねぇしな」 呟いて懐から取り出した小さなダイス。それを宙に放り投げ、コマンドワードを口にする 「【さぁ、賽は投げられたぜ】」 刹那、ダイスは輝きながら砕け散り、光の粉は俺に降り注ぐ 一瞬の勝負、七星を拾っている暇はない…頼るはこの魔爪のみ ブーストされた身体能力、この一瞬だけなら、速度は俺のほうが上 右手の爪を、彼の首筋を斬り裂くように繰り出し…けれどそれは囮 それを回避されたとしてもそのまま背後に回りこみ…真に狙うは、左の爪が彼を貫く瞬間 魔性の血が俺に、残酷な笑みを浮かべさせる
目眩がする目眩がする。 衝撃は覚悟していたけれども予想外に内側へのダメージも大きくて、それでもまあその分潤殿へのダメージも大きい筈だと目眩をどうにかやり過ごす。 幸いあちらも体勢を立て直すのに時間がかかってこちらの隙には構っていられないようだったから。 「よしっ!」 『…よし、ではないよ主殿。無茶をし過ぎだ、もう少しスマートに戦えないものか…』 「無理!!」 虚空の精霊にきっぱりと言いきって、潤殿を見る。漸く体勢を立て直した彼は何やら呟いて懐に手を伸ばしていた。 …またなんか隠し技でもあるのかと警戒し、ソードブレイカーを構える。 懐から取り出されたのは小さなダイス。
確か潤殿のショップで見たような…と考えを巡らせていると、潤殿はそれを空中へと放り投げる。 「【さぁ、賽は投げられたぜ】」 言葉と同時に光の粉が潤殿に降り注ぐ。 消費アイテムか…と思うよりも速く、その効果で速度をブーストさせた潤殿がその長い爪で斬りかかってくる。 狙いは首か…暗殺者というものはどうしても瞬殺に走るのだろうかと、知己を思い出して笑う。 そうでない元暗殺者も知っているけれど。 「…ち、それにしても速い」 右手で受けるのを諦め、仕方なく左手のソードブレイカーで潤殿の爪を外から中に向かう様に薙いで受け流す。右手のダガーでカウンターをいれる…つもりだったが目前の潤殿は妖しく笑って。
バックスタップ!!? しかも、速さは先刻ブーストされたそのままで。 「…ちいっ!!!」 避けられない逃げられない、瞬時に判断して攻撃する筈だった右手と共に右足を引いて無理矢理体を反転させて。 嫌な音がした。 「……まったくほんと、何処が初心者や、…冗談も大概にしとき」
血が滴って地面を濡らす。 背中から貫かれるのだけ防いだ右手はその代わりに、手首から肘辺りまでをざっくりと貫かれて。 痛みに一瞬くらりとしたが、それでも軽口だけ叩いて平然を装う。 右手はもう使いものにならんな…。 いやまあ元からそんなに使えたものでもなかったけど。 「…まあともかく…ちいと戦術的撤退っ!」 ばさり、と翼を広げて飛びあがる。 追って来るなよ…と右手で持っていたダガーを潤殿めがけて投げつけて。 痛みにまた目眩を起こしつつ一時その場を離れる。 一先ず右手の流血を止めて…それから、勝負をつけなければ。 (TurnEnd
攻撃はどちらも当たらず。 銀髪の天使は小さく舌打ちをする。 その天使の眼は、先程より更に赤みを帯び、紫色に近づいている。 “次はどうするか…” 自然と、微かに口の端が上がる。 彼を良く知る者ですら、ほとんど読みとれない程ではあるが…。 銀髪の天使は、徐々に紫に染まりつつある瞳で、相手の出方を見る。 …が、仕掛けてくる様子は無い。 ならば、こちらから仕掛けるまで。
いつの間にか、銀髪の天使の左手には銀色に輝くナイフが数本握られていた。 本数を悟られぬようにしながら。 瞬時にナイフを全て投げると、何か小さく呟きながら大地を蹴った。 狙うはナイフとの同時攻撃。
手ごたえあり。致命傷を与えられるとは思っていなかったし、あれだけ傷を負わせられればひとまず上出来だろう。 『……まったくほんと、何処が初心者や、…冗談も大概にしとき …まあともかく…ちいと戦術的撤退っ!』 牽制のダガーを投げつけつつ、闇天使は飛び去っていった 追うべきか?…いや、俺は空を飛べるわけでないし、追いかけようにもきつい…いいだろう、今は見送るとするか 左手が闇天使の血で紅く染まっている。もっとも手首あたりになると、先程流した自分の血とまざって紫色になっているけど。 半無意識に、紅い血を舐めて呟く 「…悪くねぇな」
さてどうしようかと思った瞬間 眩暈がしてその場に座り込んでしまった 無理もない、威力は不十分とはいえ3発の鎌鼬で身体を斬り裂かれ、更には風の障壁をぶつけられた衝撃で止まりかけた血がまた流れ出してしまっている 向こうも手負いで、今頃は傷の処置をしているはず…俺はそのまま近くの木の元に座り込み、まず体勢を整えることにした 傷薬や回復の魔法があるわけでもなし、できることは止血程度… ポケットからハンカチを取り出すと細く引き裂き、一番深く抉られた左腕の傷に乱暴に巻きつけた。右肩と胸元の傷は放置で
ひとまず乱暴な応急処置が終わり、呼吸も次第に整いだす 周囲を見回してみたが片翼殿はまだ戻る気配がない… 俺は立ち上がり、場に散らばった武器を集め始めた 俺の七星、片翼殿のグレイブとダガー… 片翼殿の武器は、機会があるなら返しておくとするか 「しっかし、どうしたもんかな…もう使えそうな手はねぇぞ?」 それでも俺の顔から笑みは消えない 戦いを求めるこの血が疼く限り 「とりあえず… 世に満ちし万物の根源たる力よ 【“道化師”潤】の名においてここに集いて、冷たき鏡片となれ」
最初に発動させようと思った術【魔鏡氷晶】… 詠唱だけしておけば、自ら解除しないかぎりはしばらく維持できるように改良してある 俺の周囲に冷気の細かい粒がきらめきはじめた 「…維持できているあいだに戻ってきてくれりゃ、やりやすいんだけどな」 とにかく、彼が戻るまでそこで待つことにした
『…まったく、強がりばかりは得意なのだな』 「…やかましいと何度言うたら解るんや精霊言うのは…っ」 先刻の場所から少し離れた木の上で、虚空から聞こえる声に目眩を起こしつつ反応しているのは片羽根の闇天使。 膝の上に広げた鞄の中身から包帯を選って、慣れた手付きで流血していた右手の応急処置をする様は、まるで違和感が無い。 それだけ、怪我をし慣れているという事なのだろうけれど。 「…よしっ、これで処置はええ…あとは…」 感覚の無い掌にダガーを一本置いて柄を握りこませる。その形で固定して包帯を巻きつける。 「流石に素手で受け流しはきっついけぇなあ…」
『…接近戦は不利だと先日闇騎士殿に指摘されたばかりだろうに…』 「…不利でもなんでも、グレイブ捨ててしもたんやけとりあえずはソードブレイカーで行くしかないねん」 左手で腰につったソードブレイカーの感触を確かめる。手に馴染んだそれに安心して、片翼は広げた鞄の中身をまた元のように仕舞い込む。 体を動かすと解る、傷ついた部分。 右手は振れるけれどもいつも以上に細かい動きが出来ない、左手と足が無傷なのは幸いだが、肩から背中に打ち身が酷い。 そして貧血。 まあ相手もそれなりに傷ついている筈だから、あとは次の衝突で決まる、筈。 「…さあて、そろそろ最終ラウンド行こか…」 ゆっくりと立ち上がる。
『まあ死なない程度で終わらせるんだな』 虚空で笑う精霊に、片翼は珍しく微笑みを返す。 「死にやせんさ、…俺は俺を殺す相手をもう知ってる」 それが良い事なのかどうなのかは知らないけれど。 ばさり、と羽ばたく。 風が起きて森が騒いだ。 その弾みに片翼は森で煌く銀色の光を見つけて。 「…見つかった?」 道化師がもう自分を見つけたのかと思ったが、よく見ると違う。 銀色は銀色でもあれは…。 「…! リュート殿…そうか、リュート殿もここで…」 目をこらして見れば傍らには赤い髪の小さな影。
「……鼓前殿…、なんや近くで戦っとったんやなあ…」 『…他人の戦いを見て和んでいる場合ではないぞ主殿…、このフィールドで戦える時間もあと僅かなのだ』 「わーっとる…さて、行こうか…おひーさんも待ちくたびれてるかもしれんしな」 飛び立った、その先に、鏡の煌きを見つけて笑う。 左手にソードブレイカーを握り絞める。 急降下からの一撃は、鏡さえ砕く勢いで、きっと。 (TurnEnd
ちびっこは、銀髪の天使との距離を考えながら、呼吸を整えた。 焦りで考えがまとまらない。 それでも銀髪の天使の戦意がちびっこに注がれる。 『くぅ…負けたくないっすけど…』 どちらかというと防御系の戦闘スタイルなちびっこだ。 しかも翼魔法持ちの相手に迂闊に近づくことも出来ない。 ごちゃごちゃと考えているうちに、銀髪の天使の左手が素早く動いた。 「飛び道具!?」 そう思った時には、銀髪の天使も地を蹴っていた。
「!!」 ちびっこは、右手に握られている大剣を左手を添えながら構え、防御の体制を取った。飛んでくる何かが、ナイフだと気付く前に大剣の刃の腹でナイフの行く手を遮った。 「俺が鍛えた剣っす!これくらい平気っすよ!!」 行く手を失ったナイフが、ちびっこの手足に小さな傷をつける。 ちびっこは、そのままの体勢で向かってくる銀髪の天使に突っ込んだ。 刃を支えていた左手を持ち替え、両手で剣を握る。
『銀髪の天使の剣の威力は知らない…だけど、ここで剣を受け止めなければ!!そして!!』 そう思った瞬間には、一文字切りのような技を繰り出していた。 翼をもつものに届くかは分からない。 だけど、今やれることをするしかない…。 ちびっこの朱い大剣がその朱さを増す。
鼓前殿が晴丸に左手を添えて構える。 大剣、晴丸の腹でナイフがあっさりと捌かれた。 しかし、ナイフは囮。 銀髪の天使は構わず間合いを詰める。 こちらの攻撃を予測してか、鼓前殿は横凪ぎに斬撃を繰り出してくる。 “残念…、外れだ…” 銀髪の天使は、斬撃を繰り出さず、晴丸の斬撃の間合いの寸前で真横に跳んだ。 突撃も囮。 “そして、詠唱は完了済みだ…” 跳ぶと同時に、力ある言葉を解き放つ。 数瞬前、捌かれたナイフに印された呪印が一瞬妖しく輝く。
力ある言葉と同時に発動したのは、雷撃の魔法。 それも、ナイフに印された呪印から。 発動から一瞬遅れて着地した銀髪の天使は、即座に瞬時に大地を蹴る。 瞬時に間合いを詰めると、鼓前殿の真横から袈裟掛けに斬撃を繰り出す。 鼓前殿を襲うは、背後に閃く青白い稲妻と、真横からの斬撃。 “…貴女に捌けるかな…?” 瞳を完全に紅に染めた銀髪の天使の表情が、快楽に歪む。
ナイフを弾き、剣を受け止めるつもりでちびっこは構えた。 が、銀髪の天使が向かってくると思いきや、斬撃を避け横に跳んだ。 「!!」 銀髪の天使の姿を横目で確認する。その瞬間、銀髪の天使と違う場所で魔力を感じた。 ちびっこは、視線だけで魔力の元を確認する。 『ナイフ!?』 ちびっこの経験不足か、武器に呪印を施してあるものは初めて見たのである。 魔力は膨れ上がり、その力は蒼い雷の姿を現す。 「ちょ!?」 タンマはナシである。 ちびっこが蒼い雷に動揺している中、銀髪の天使が真横から攻撃を仕掛けてくる。 剣だけでも…!!
大剣を構え、銀髪の天使の剣を受け止めようとする前に、蒼い雷がちびっこを襲う。 「うわぁぁぁ!!!」 体中に痛みが走り、受けた雷とその後の斬撃で、ちびっこの軽い体は耐え切れずに吹き飛ばされた。 歴然とした力の差を見せ付けられた気がする。 遠のく意識の中、悔しさだけが広がる。 大樹の根元に落ちた体には、今もバチバチと蒼い火花が飛び交い無数の傷を作る。 蒼い火花の痕には赤いものがいくつもの筋を作っていた。 滴り落ちる赤いものをそのままにちびっこは、フラフラと大剣を支えに立ち上がる。 霞む視界で銀髪の天使を探す。 「体力ならあるのっすよ…」 ちびっこは、それでも剣を構えた…。
いつでも術を発動させられる状態のまま立ち尽くすことしばらく そろそろ詠唱しなおさないと効果がなくなってしまうかという頃、彼は戻ってきた 拾っておいた武器を返そうかと思ったものの、どうやら天空から そのまま勢いをつけて突っ込んでくるらしい 俺は確保しておいた彼の武器を無造作に放り捨てた 「…なんとか間に合いそうだな」 呟きながら右腕に剣を持ち、左腕を前に突き出して 「吹き荒れよ!」 術を解き放つ 俺の周囲で輝いていた細かな氷片は鏡のように光を反射しながら、彼に向かって空を裂き突き進む
この術の特性はその氷片によるダメージよりも光の乱反射 ましてやいま、片翼殿は太陽を背にして降りてくるところ その見開かれた片目をどれだけ眩ませることができるか… そして術を解き放ったあと、急降下の一撃を避けるべくバックステップで後ろに… 下がろうとした瞬間、ほんの少しだけ石に足をとられる それが最大の不覚 しっかり踏みしめず、跳ねるような回避をする癖のある俺は それゆえバランスを崩しやすいのがもろい部分で 慌てて踏みとどまろうとしたものの、今度は先程放り捨てた彼のグレイブを踏みつけてしまい…
失血による眩暈がなおりきっていないこともあって そのまましりもちをついてしまった 「…やっべ!」 思わず声があがる。そして舌打ち 不敵な笑みもこの一瞬ばかりは凍りついた この状態からの回避はほぼ不可能 身体をよじったところで、魔法の氷片をくらいながらも目前に迫る彼の刃をかわしきることはできない 氷片によるダメージと光の乱反射で彼が地に落ちるのが先か それとも、彼の刃の切っ先が俺の身体を貫くのが先か… あるいは、その両方か
『体力ならあるのっすよ…』 鼓前殿は雷撃と斬撃が直撃し、出血しているのにも拘らず、その身を鮮血の赤に染めながら立ち上がった。 そして、晴丸を構える。 そのまま、間合いを詰め、渾身の力が込められたであろう斬撃が繰り出された。 ─────ザシュッ…───── 少し驚いた表情を浮かべる鼓前殿。 それもそのはず、銀髪の天使は微動だにせず、鼓前殿の斬撃を受け止めたのだ。 銀髪の天使の瞳からは、放心しているかのように意志の光が失われていた…。 斬られた傷跡が、鮮血の赤に染まる…。
薄暗い森林に唐突に笑い声が響き渡る。 笑い声の主は…、意外なことに銀髪の天使であった。 普段、何の感情も読み取れないような天使が、声を出して笑っている。 まるで、自らの弱い部分を全て吐き出すかのように…。 “魔剣に心を奪われるとは。 自らの過去に、血塗れの鼓前殿を重ねるとは…” 始まりと同じく唐突に、笑い声が止んだ。 「…私は…、まだまだ青い…な…」 自嘲気味に呟くと同時に、目に光が宿る。 其の瞳は、紅から紫へと戻っていた。
地を蹴り、一旦間合いを開ける。 痛みを押し殺し、普段と変わらない表情で口を開く。 「…もう終わりか…、鼓前殿…?」 平然とした物言いに聞こえただろう。 だが、斬撃のダメージはそう浅くは無い。 右腕の魔剣を握りなおし、構える。 “まだ動ける…” そう自分に言い聞かせながら…。
「…ち、氷片かい、相性悪ぃ…」 『…そうと知りつつも突っ込むのだな、主殿…』 「当ったり前よ!言うたろう俺にはそれしかないて、…行くぜ、ナビれよ精霊!」 『…了解』 精霊の承諾が聞こえるや否や、片翼はそのまま羽ばたいて地面へと急降下する。 薄目だけ開けた目にはもう光の乱反射でよく物は見えていなかったけれど、彼に寄り添う精霊が、道化師の現在位置を片翼に知らせて。 片翼はその通りに前へと向かった。 氷の刃は片翼の腕を肩をその威力以上に引き裂いていたけれど、それも構わず。 けれどその痛みに、そういえば彼は元は火の天使だったのだと、彼自身忘れていた事実を思い出して。
「これで、終いや………っ」 『…方向良し、距離10M………目標転倒、刃をすこし下に向けるのだな、主殿…』 左手のソードブレイカーを握り締めた片翼は、だけれどその精霊の言葉を聞いた瞬間黙りこんで。それをいぶかしむ精霊が言葉を放つよりも早くソードブレイカーを腰に仕舞ってそのまま地面へと舞い降りる。 氷の欠片を抜ければ、そこはもう普通に視界が利いて。 確かにしりもちをついている道化師が片翼の目前に在った。 「……………」 『…主殿…?』 精霊の問いに片翼は答えない。ただ道化師の足元のグレイブに視線をやって、そうしてすぐに道化師を睨みつけて。 つかつかと、まるで無防備に歩み寄って。
「………こんの、馬鹿っ!!!」 空いた左手で座りこんだ道化師の胸倉を掴んで無理矢理立たせる。 「…か、片翼殿…?」 思いがけない片翼の行動に、道化師は言葉も無く。 そうして立たせた後で左手を離した片翼は、その手で道化師の頬をはたいた。 乾いた音が、一瞬響く。 「…これが戦場だったらてめえ死んでた事解ってんのか! 敵の武器御丁寧に拾う馬鹿が何処に居る!」 頬を朱に染めて怒鳴る片翼、それは失態を演じた道化師への怒りなのか、それとも手を止めてしまった自分へのものなのか。 恐らく本人にも解っていなくて。
「…てめえは…死んだら誰も泣かねえなんて思ってるんじゃねえだろうな!」 それだけ言って、片翼は視線を伏せて、道化師に背を向けた。 もう彼の表情は道化師からは見えない。 「…おい審判!!」 居るのかどうか知らねえけどな、と呟きつつ、片翼は空に叫ぶ。 「片翼、ルーズだ!!」 …もうソードブレイカーも握れやしねえ、そう言って、片翼はただ空を仰いだ。 …動かない右腕の理由を、今更思い出した、気がした。 (TurnEnd
「…ってちょっと待てぇッ!勝手に決めんじゃねー!!」 頬を張られて一方的に怒鳴られて、しばし呆然としちまったけど さすがに相手が勝手に負けを宣言するとなっては黙ってもいられない 「これが戦場なら俺が死んでた? なら俺のほうこそ負けじゃねーか! そうやって変な情けかけんじゃねぇよ!!」 言ってみてから、敵の武器を確保しておいた自分こそ 変な情けかけたんだなーと自覚しつつ 「…と、とにかくだ! いまのあんたの様子見る限り、あのまま突っ込まれてたら 俺のほうが負けてた だから審判!敗北者はこの俺、“道化師”潤のほうだ!!」
『あー!?俺が先に負けや言うたんやから俺の負けや このド阿呆!!』 「なんだとーっ!?」 勝利を目的とするはずの戦いで、互いに“負け”を主張する… まぁ、そうそう見られた光景ではないかも知れないが もうお互い既に当初の目的など忘れたかのように、自分の意地で“負け”を譲らない 片翼殿の契約精霊が呆れながら見ている前で、ガキの喧嘩のような口論はやがて取っ組み合いにさえなりそうな勢いで… 不意に、視界が歪む
『お、おい!?』 なんだかうろたえてる片翼殿の声はちぃと遠くに聞こえ 傷口から流れ出す体温を感じながらぼんやり考える …あぁそっか、さっき転んだときに傷開いちまったのか… ヤワい身体だな、もーちょい鍛えないと…… ふぅ、と一瞬重力を感じなくなり そのまま俺の意識は闇の中へ吸い込まれていった…
「……あ…」 とめどなくあふれる言葉を叩き付け合ってどれだけ経ったのか、突然目前の潤殿の体がふらりと揺れて。 「お、おい!?」 大丈夫か、と問う前に、崩れる体に手を差し伸ばして抱き留めた。 ぬるり、とした感触が肌に触れる。 「…この、馬鹿っ!」 『…大丈夫、まだ生きているよ主殿。…落ち着き給え…』 「…せやけど、血が……」 『鞄に包帯を入れていただろう、応急処置は主殿の得意分野ではなかったかな?』 言われて思い出して、慌てて鞄の中を探って、右手にくくりつけたダガーを無理矢理に抜き取って潤殿の衣服を裂いて、傷口に包帯を巻きつけて。 ひとしきり終えて、溜息を吐く。
「…駄目やな…俺は…」 先刻、目の前で昏々と眠る道化師に叩きつけた台詞を思い出して。 「…あのなあ…」 隣に座りこんで、空を見上げる。 晴れ渡った空なんて大嫌いで。 「…お前がもし、…死んだら俺は多分…いいやきっと…」 泣く、から、と…聞こえないのを知って、言う。 聞こえていたならばきっと言えない、そんな自分の性分が嫌いだ。 苦笑して、目を閉じる。 『主殿?』 呼びかける精霊の声が聞こえたのは覚えている。 けれど反応出来たかどうだか定かでなく。 その後BF執行部の捜索隊が武器の散らばる木蔭で眠る二人を見つけるまで、二人はまるで遊びつかれた子供のように、眠っていた。 (end
ちびっこは、フラフラな体をやっとの思いで立たせ大剣を構える。 そして、赤黒くなってくる視界で銀髪の天使を捕らえた。 すでに剣を振るう力も残っていないその小さな体で、思いっきり大剣を振り下ろした。 ─────ザシュッ…───── 剣から嫌な感触が伝わる。 ちびっこは、驚き目を見開いた。 目の前にいた天使は微動だにせず、ちびっこの剣をその体に受けていた。 じわじわと赤いものが染みてくる。 黒い闇みたいなものがちびっこの中を蠢く。 それは、恐怖にも似た…
と、ちびっこが戸惑っていると、突然、、目の前にいた銀髪の天使が堰を切ったように笑い出した。 ちびっこは、その笑い声で闇から引き戻された。 『…私は…、まだまだ青い…な…』 パタリと声や止むと小さく天使がつぶやいた。 ちびっこにはき聞こえないくらいの小さな声で…。 気がつくと、すでに天使はちびっことの間合いをあけていた。 『…もう終わりか…、鼓前殿…?』 やはり、先ほどの力ない攻撃ではあまりダメージを与えることができなかったのだろうか…。 銀髪の天使はすでに剣を構えている。 動ける…?動く…動け…!
ちびっこも、すでに握力も尽きている両手で大剣を構える。 「…いくっす!」 天使が仕掛けてくる前にちびっこが地を蹴った… ハズだった…。 しかし、ちびっこの体力はすでに限界だったらしく、その手から剣が落ちていた。 「あ…うぅ…」 剣が落ちた場所にうずくまり、何度も剣を拾う… しかし、その剣はちびっこの手に収まることはなかった。 「………」
ちびっこは、無言で立ち上がり剣を構えている天使に向き直る。 「リュートさ…ごめんなさいっす…俺の負けなのっす…」 天使を見つめた顔は、今にも泣き出しそうな顔を血だらけの服の袖で隠しながら…。 「もう、続けられないっす…ごめんなさ…」 最後のほうは聞こえないくらいの小さな声で…そして、それは途切れた。
『リュートさ…ごめんなさいっす…俺の負けなのっす…』 『もう、続けられないっす…ごめんなさ…』 途切れた声。 其の声を聞いた直後、銀髪の天使が膝をついた。 歯を食い縛りながら立ち上がると、力を振り絞り右手に魔力を集中させる。 再び異次元への扉を開くと、呪氷と呪鎖で魔剣を封印した。 小さく息を吐くと、鼓前殿の方へ歩み寄る。 血塗れの服の袖で顔を隠したまま意識を失っている鼓前殿。 銀髪の天使は印付きの宝玉を取り出すと、何か呟き始めた。 「…解印…」 薄暗い森林に、そっと静かに癒しの風が吹く。 まるで、死力を尽くして戦った戦士を慈しむかのように…。